1960-1979

ヒストリー

1963

大阪府門真市(現住所)に、総合工場完成
ステンレスジャー(L型)

1964

ステンレスジャー、新幹線のビュッフェで採用

茶碗160杯分のご飯を保温する能力があるステンレスジャーL-220が、1964年(昭和39年)10月に開業した東海道新幹線の特急ビュッフェ(軽食堂)に、30台採用。

当時、東京オリンピックとともに話題の中心であった新幹線の列車食堂に自社製品が採用されたことに、社員一同、大きな喜びと誇り、自信を持ちました。

1966

大阪府品質管理推進優良工場の指定を受ける

1967

中瓶オートメーション製法導入。自動製瓶工場、製品倉庫完成

1968

創立45周年、会長に創業者菊池武範、社長に菊池嘉人、就任

1970

タイガー販売株式会社(本社・大阪)、タイガー物産株式会社(本社・福岡)発足。タイガー販売(株)東京支店・配送センター完成。タイガー販売(株)北海道営業所開設。タイガー物産(株)広島営業所開設。
電気ジャー『炊きたて』(EL型)

1970

電気ジャー「炊きたて」発売(現在の電子ジャーの第1号商品)

電気ジャー第1号商品を皮切りに、翌年電子ジャー第1号を発売。発売当初から爆発的な人気を誇り、一躍トップブランドの地位を確立しました。また、この年発売された「炊きたて」ブランドは、発売以降50年以上経った今も炊飯器のブランドとして継続的に使用しており、人々の暮らしを支えています。

1971

新社屋(第2号館)を完成。新工場完成。タイガー販売(株)東北営業所開設。
電子ジャー「炊きたて」(DFC型)

1972

電子ジャー "炊きたて "が大好評

電子ジャー「炊きたて」の販売量が急伸し、発売1年後の1971年(昭和46年)12月には100万台を突破しました。さらに、1972年(昭和47年)5月発売の電子ジャー「炊きたて」(DFC型)は、20社近くがしのぎを削る激しい電子ジャー市場で驚異的なヒットとなり、一躍トップブランドの地位を獲得したのです。

電子ジャー「炊きたて」の成功要因は、ご飯がこびりつかないフッ素加工の飯器、斬新な花柄のデザイン、テレビとラジオのCMで全国に♪タイガー電子ジャー「炊きたて」と軽やかなメロディに乗せ、視聴者の感性に訴えたことでした。

ハイビスカス柄のマインポット(NM型)

1972

歴史的大ヒット。ハイビスカス柄アイテム

ポットのボディに花柄をあしらうようになったのは、1967年(昭和42年)から。1970年半ばには、花柄全盛時代になり、花柄のよしあしで売り上げが変わりました。

そんな中テキスタイルデザインの第一人者、関留辰雄先生に花柄を描いていただいた白地を基調にした真っ赤なハイビスカスのデザインは、今までのどんな柄よりも目立ち、斬新なものでした。社内では「こんな奇抜な柄が売れるか」という意見もありましたが、ハンディポットに採用したところ爆発的な人気に。

その後、このハイビスカス柄は、電子ジャーをはじめ、様々な商品に展開されました。

炊飯電子ジャー「炊きたてダブル」(CR型)

1974

炊飯電子ジャー「炊きたてダブル」発売(現在の炊飯ジャーの第1号商品)

これまでの電子ジャーは、ご飯を”保温”するためのものしでしたが、それに”炊飯”機能をプラスした1台2役の商品「炊飯電子ジャー」が、1972年(昭和47年)から各家電メーカーから発売されました。

当社の炊飯電子ジャー第1号は、1974年(昭和49年)に発売された、炊飯電子ジャー「炊きたてダブル」(CR型)。他社と差別化を図るため、かまどで炊く工程を徹底的に分析し、よりおいしく炊き上げるために、新たな調圧口を設けました。

その後も、業界初の音声コール、時刻セットタイマーなど、業界が注目する機能を次々と開発。高機能と使いやすさを考えた商品開発は今も続いています。

1976

氷削り器「きょろちゃん」発売。
2016年、人気の高かった三代目(1978年)モデルを復刻。

1978

本社社屋増築(第3号館)工事完成